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「コジジのインド日記」改め「それから日記」改め       「コジジ教授の新それから日記」

7月29日(金) 中国の商業施設事情。

上海、北京の発展振りは昨年レポートしましたが、観光地の売店や
商業施設も小奇麗に整備され、昔のイメージは皆無でありました。
写真は無錫市内の南禅寺ショッピング街。地下街もありました。
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そして何故か、こうした手押し車での桃売りが、懐かしかったです。
3個で10元(約140円)ですから1個50円程度。現地では観光地価格でしょうか。
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7月27日(水) 無錫・太湖。

今回の出張のメインは太湖の水質浄化に関する調査でした。
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広さは東京湾程度もあり、水深はたったの3m程度と、浅く広いもので、
風光明媚ではありますが、ヘドロとアオコで夏のこの時期は悪臭が
酷いものでした。どこの政治家も同じで、庁舎や道路など目に見える
部分には金をかけても、下水処理施設など目に見えぬ部分は後手後手に
まわしている状態でした。
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そして、恐るべしは中国の富裕層です。
湖畔のレストランに行ったときの話です。レストランの直ぐ側に
写真のような豪華な別荘を建設中でした。1億円以上するそうです。
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今回仕事でご一緒した新進気鋭の社長(北京大卒のエリートで38歳、
ベンツS350に乗っている)に「あのような別荘はもたないの?」
と意地悪な質問をしたのですが、何と次のような答えが返ってきました。
「その必要は無いです。目の前のこのレストランは私の個人所有ですから」
じゃんじゃん。
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7月25日(月) 無錫・霊山大仏。

太湖に突き出た半島、ちょうど三浦半島のような位置ですが、そこの山頂に
大きな公園というよりもテーマパークがありました。
約10年前に完成した新しい施設ですが、ここの見所は大仏と拝殿でした。
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先ずは大仏です。とにかく88mと巨大ですし、218段の階段を登りきった
ところにありますし、そこからエレベーターで5階まで登ると、大仏の
足元の展望台にたどり着きます。有り難みよりも迫力負けです。
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(写真左から)大仏の足元。その巨大さが判ります。
そしてそこからの眺め。雄大な太湖が臨めます。
下の広場にある大噴水。時間になると上部の蓮が開いて子供が現れます。

もうひとつは議事堂のような拝殿です。園内を15元で走る電動カートと
見比べるとその大きさがわかります。
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そしてその内部が半端じゃありません。拝殿というよりもピカピカ・ギラギラ、
まるで昨年行ったマカオのカジノのようでした。
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よくぞこんな代物を造ったと呆れかえるばかりでした。
とにもかくにも一見の価値はあります。

7月22日(金) 蘇州・拙政園。

蘇州は先般報告した柳川水路のように、水路が縦横に巡っていて
しかも庭園がいくつもあります。そのなかでも代表的なのが「拙政園」です。
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明代(1509年)の池を中心にした代表的な江南庭園であります。
北京にある頤和園の小型版といったらよいでしょうか。
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7月20日(水) 蘇州・虎丘景勝区。

初めての訪問でしたが、なんと2500年もの歴史があるそうです。
宋代の大詩人・蘇東玻いわく「虎丘を観ずして蘇州に来たとは言えず」
と語られるほどの景勝地です。
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春秋時代から「呉中第一名勝」とあり、山全体が虎をかたどっており、
入り口が虎の頭、山頂にそびえる虎丘塔は、虎の尻尾なのだそうです。
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この塔は「東洋のピサの斜塔」ともいわれ、8世紀建立から傾きだしていて
いつ崩壊するかと大変危惧されているそうです。
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周囲の水路も景観を配慮した整備が為されていました。
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7月19日(火) 蘇州・寒山寺。

上海経由で無錫・蘇州へ行ってきました。東洋のベニスといわれる蘇州の
世界遺産を順にご紹介しましょう。先ずは寒山寺です。
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1990年に一度行ったのですが、その時の印象は兎に角凄い人ごみで
参道に拓本などの土産物屋がびっしりと続いていたという印象でしたが、
現在は小奇麗に整備され、20数年前のそれとは大違いでした。
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歴史的には4~5世紀が起源とのことで大変古いお寺ですが、何度も何度も
消失し、現在のものは清朝末期(1906年)に再建されたものだそうです。
寒山寺の名称の由来は、「寒山・拾得」二人の僧が起源だそうです。
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また、有名な鐘ですが現在は4個あるそうです。その中のひとつが出口の
近くにある鐘(写真)ですが、日本人が盗んだとの風評を憂いた伊藤博文が、
明治時代(1914年)に寄贈した物だそうです。
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楓橋も大変有名な石橋です。兎に角、絵になります。
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7月8日(金) 札幌の毛ガニ。

九州出張のあと、翌々日には札幌へ出張しました。
崖地斜面の崩壊を防ぐための工事の、竣工立会いをしてきました。
特殊なピンを千本近く打ち込み、表面には芝で化粧を施しました。
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なかなか良い仕事をしています(写真は、施工前→施工後)。

仕事はさておき、その晩の会食で豪勢な特大毛ガニが。写真をどうぞ。
特にミソの部分に日本酒を入れての兜酒は超美味でした。
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来週は、中国へ出張しますので一週間お休みします。
帰国後のレポートをお楽しみに。

7月7日(木) 大宰府天満宮。

博多から柳川へ行く途中に、ご存知、大宰府天満宮があります。
途中下車してお参りしてきました。
菅原道真公の逝去後の919年に創建された、天神様の総本社です。
あまりに有名なので解説は省かせていただきます。
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駅前からの参道、朱塗りの太鼓橋、桜門、そして本殿へと続きます。
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こちらでも思いがけず素晴しい見所がありました。
天満宮に隣接する、通称・苔寺とよばれる「光明禅寺」(1273年)の
庭は大変に見事なものでした。九州唯一の枯山水だそうです。
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前庭は「仏光石庭」と、本庭は「一滴海之庭」と名付けられています。
秋の紅葉の季節には一層の見事さだそうです。
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7月6日(水) 柳川の「川下り」+「御花」。

初めて柳川を訪問し、川下りを楽しみました。
実は私のいるコンサルタントが水路周辺の景観設計を行っているのです。
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約70分の水路下り(10~16人程度。1500円)ですが、船頭さんが竹竿で
ゆっくり舟を進めていきます。途中で何箇所も橋の下をくぐりますが、
頭をぶつけそうな低いところもあってそれなりに面白かったです。
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乗船から船着場までコース順の写真です。

個人的には下舟後に訪問した、通称「御花」と呼ばれる旧柳川藩主・立花伯爵家
の迎賓館(明治43年竣工)の洋館、和館、池庭が大変気に入りました。
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この素晴しさの根源は、関が原では西軍に味方し柳川を追われたにもかかわらず、
徳川家の信頼を得て20年後に奇跡的に復活した藩祖・立花宗茂の人物器量が、
子孫へもきちんと引き継がれていたせいかもしれません。
立花家は、明治維新まで12代この地柳川で栄え続けたのであります。

7月5日(火) 博多祇園山笠。

出張が重なり、筆が進みませんでした。それでは先週の続きです。

今回、福岡ではラッキーなことに、7月1日から15日まで行われる、
博多祇園山笠の「飾り山笠」を見ることが出来ました。
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山笠といっても明治時代に二種類に別れ、「飾り山笠=固定した場所に
飾り付けるもの、14箇所」と「カキ山笠=引き回しをする山笠、7流」が
あるそうです。(詳しい情報はネット検索してみて下さい)
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ぶらぶら歩いたのですが、偶々、川端通りと櫛田神社にたどり着きました。
櫛田神社は、最終日にまさにスタート地点となる処で、観客ステージ組上げの
真っ最中でした。
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